By Catherine Shin
WAYF BOYSのデビューMVが始まって30秒ほどで、メンバー2人が走行中の車の中で言い合っている。しかも、よくある洗練された“仲直りのモンタージュ”的なケンカではなく、親しい友人同士の、自然で遊びのある本物のやり取りだ。動画の終盤には、同じグループが警察から逃げており、メンバーのひとりは挑発への返しとして、警官たちの前でズボンを下ろす。このデビューは、好かれようとしているグループのものではない。動じないことを見せようとしているグループのデビューだ。
WAYF BOYSは8月6日、「WAYF BOYS DO」をリリースした。そこに至るティザー展開は、全メンバーがサバイバル番組出身であるという事実をほぼ全面に押し出したものだった。ここ数週間、その背景こそが売り文句だった。だがMVはその点にほとんど頼っていない。メンバーを、ようやく選ばれたことに感謝する勝者候補として描くのではなく、映像も歌詞も、そもそも誰かの承認など必要としていなかった友人グループとして位置づけている。
旅の途中を思わせる構成も、少しひねりが効いている。K-popのMVにおけるロードトリップものは、たいてい友情の象徴だ。おそろいの衣装、夕焼けのショット、ひとつの存在として何かに向かって進むグループ――そんな定番でできている。WAYF BOYSはその出だしを、あえて対立から始めた。車内での口論は、画面上では解決されないままだ。メッセージは「私たちは完璧なチームです」ではない。「私たちはケンカできるくらいリアルで、それでも壊れない」ということだ。この“成熟したグループ”という見せ方は最後まで一貫しており、それが成立しているのは、動画の残りの部分で、結局この友情がちゃんと保たれていることを証明しているからだ。走ること、カオス、そして終盤には共通の標的である警察がいる。
警察のシーンこそ、このコンセプトがはっきりと姿を現す場面だ。追われるだけなら、警察とのチェイスを“アウトロー”な美学として使うグループはたくさんいる。だが、警官の前でズボンを下ろすとなると、まったく別の意味合いになる。それは恐怖ではなく、真正面からの反抗でもない。嘲笑だ。反逆の主張は、その一枚の画で言い切られている。体制――業界、権威、あるいはサビで「hating」している誰か――は、笑い飛ばすべき面倒ごとにすぎない。
この姿勢は、メンバー構成を踏まえるとさらに鋭く見えてくる。サバイバル番組の参加者だけで構成されたグループは、何年も評価され、順位をつけられ、投票され、他者の承認を通して居場所をつかんできた。「WAYF BOYS DO」は、その歴史に感謝や謙虚さで触れるのではない。無関心さで触れている。サビのフレーズ――誰が“hating”しようと、誰も彼らよりうまくやれない、という趣旨の変奏――は、グループがひとつの扉を閉めて先へ進む合図として響く。
サビは繰り返しのために作られている。「ain't nobody do it better」というフレーズは、解釈すべき歌詞というより、コールのように機能する。彼らを支えてきた人たち、そしてこれからも支え続ける人たちへ手を差し伸べるような形だ。
いっぽうで、バースではより多くの“アイデンティティの構築”が行われている。メンバーたちは1行の中で韓国語と英語を切り替え、いくつかのフレーズではそれぞれのメンバーを特定の都市(Tokyo、Seoul、NYC)に結びつける。グループの実際の地理的な広がりを、そのまま歌詞の内容に落とし込むことで、「こういう質問をされるだろう」という線を、聞かれる前に先回りして断ち切っている。
さらに、両方のバースを通して繰り返される「can't copy this」というテーマもある。そこには、ほかのラッパーや会社への言及も添えられている。これは特定の相手を狙ったディス曲というより、競争心をにじませつつ、グループのケミストリーやバックグラウンドの組み合わせは、作られた競合相手では再現できないのだと広く主張するものだ。
総合すると、このバースは、MVがすでに映像で示していること――このグループのアイデンティティはデビュー前から完成していた――を裏づけている。
サバイバル番組の流れについて特に重要なのは、グループがそれをどう使わないかだ。ティザー段階ではサバイバル番組出身という経歴が“背景”として語られていたが、MVと歌詞では「選ばれた」ことにまったく触れていない。そこにある暗黙のメッセージは、よくあるデビューまでの物語を塗り替えるものだ。彼らがここに来られたのは、人々に選ばれたからではない。最初から、ここにたどり着く運命だったからだ。
それは、メッセージであると同時にリスクでもある。2026年デビュー組の中には、すでにサバイバル番組ファンベースを“既存の観客”として頼っているグループも少なくない。そんな中でWAYF BOYSは、無関心さが感謝の欠如ではなく自信として伝わること、そして「応援してくれてありがとう」と言わないことで、元番組から彼らを追ってきた視聴者の好意を失わないことに賭けているのだ。ティザー展開の売り文句がまさに“経歴”だったその瞬間に、彼らは素性よりも人柄で勝負している。
洗練された振付やファンサ寄りのコンセプト、売りやすい“タイプ”など、安全策を取るグループが多いデビュー戦の中で、反逆の角度を前面に出すことは、そのまま差別化戦略でもある。
「WAYF BOYS DO」がこのグループに約束させるのは“態度”だ。そして、態度はコンセプトよりも後戻りしにくい。夏らしく明るいデビューのあとに、よりムーディーなカムバックを出しても、グループは何も失わないかもしれない。だが、「誰の承認も必要ない」と宣言してデビューしたグループは、それが本当だと示し続けなければならない。さもないと、次の時代は“撤退”に見えてしまう。少なくとも今のところ、このデビューは目指したことをきちんとやり切っている。サバイバル番組の“感謝”の物語を、肩をすくめるような感覚に置き換え、その肩すくめを、笑いがちゃんと決まるだけの自信を持った映像で支えている。